○○なブログ

きまぐれに、思いつきで、備忘録的に⁈ 綴ってます。

「地球屋」があったところ

80年代の名古屋で、Punk & New Wave のファッションといえば、まず「地球屋」さんでしょうか。

中区栄の丸栄、NOVAの裏手にあった、さくらビルの2F?3F?にありました。

初めて買ったのは、ピストルズのTシャツ。

f:id:modern_romance:20161118155331j:image

今はこんな感じ。

f:id:modern_romance:20161118155429j:image

f:id:modern_romance:20161118155508j:image

今は跡形もなく。

決して、リーズナブルとは言えませんでしたが、珍しくものがいっぱいでした。

 

変わったといえば、NOVAでしょうね。

80年代のデザイナーズ・ブランド全盛期の勢いはなく、お店も一変してしまい…。

時代の変化は、時に残酷ですね。

 

 

中区栄の「グランドビル」あたり

たまーに、1982年12月に登場した、知る人ぞ知る、あの伝説のディスコ「OZ」があった、グランドビルのあたりを通ります。

f:id:modern_romance:20161118182313g:image

 

名古屋市中区栄三丁目の繁華街です。

 

f:id:modern_romance:20161118154559p:image

 

f:id:modern_romance:20161118183820j:image

 

f:id:modern_romance:20161118183753j:image

 

グランドビルの今は、こんな感じです。

 

f:id:modern_romance:20161118154313j:image

f:id:modern_romance:20161118154518j:image

 

エレベーター前あたりは昔と同じですね。

 

ここから 7Fへ行くと

ダンな夜にワンダートリップ!

でした (^o^)

 

f:id:modern_romance:20161118154422j:image

 

前を通るたびに、懐かしく感じます。

 

記憶している範囲で、Disco OZ のこと

ブログに記しておこうと思います。

f:id:modern_romance:20161118182239g:image

 

80年代の音楽のことも。

f:id:modern_romance:20161118181732g:image

 

UKパンクに魅せられた80年代

当時、USパンク、NYパンクも音楽性やそれぞれのバンドの個性もおもしろく、手当たりしだいに聴いていたけど、ガッツリとはハマっていたのはUKパンクでした。

 f:id:modern_romance:20161113154546g:image

不況による若者たちの失業だとか、アイルランド紛争だとか、英国の混沌とした社会的背景が絡んでいて、国や政治に対する若者たちのフラストレーション、やるせなさ、憤りがその誕生の背景にあるとか、それまでのトラディショナルな音楽スタイルをうち破り、3コードでも音楽はできる、むしろテクニックよりメッセージ性、きちんとした衣装なんて必要ないと、ボロボロの普段着で激しいステージング、にすっかり感化されてしまいました。


とはいえ、ビートルズストーンズのようなそれまでのロックを否定するわけでなく、単に「自分たちでもできそう」といった勝手な親近感と、社会や学校の窮屈さに反発する思春期の反発心がうまくそれとマッチし、「格式や伝統なんて…」といったパンク精神を崇拝するプチ思想家みたいな自分に酔ってしまったのだろうなと。


とはいえ、当時の日本は、反抗=ヤンキーがメジャーで、パンクはぐっとマイナーな存在。
でも、バンクスにはそれが誇りでもありました。
自分たちの源流は、東京でもない日本でもなく、最新の音楽とファッション発のロンドン。
だから、皆さんとはセンスが違うんですよ、みたいな、変な優越感が。


まんまと、マルコム・マクラーレンのパンク・ビジネスにハマってしまったひとりですね (苦笑)

 

入りは王道の、セックスピストルズ
アナーキー・イン・ザ・UK」や「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」をレコードで初めて聴いたときの衝撃はいまでもハッキリと。
針を落とした瞬間に、頭の中が超パニック。
画像、映像で彼らを見た時は、さらなる衝撃。
カラフルでツンツンのヘアー・スタイル、皮ジャンにバッチやビョウ、安全ピン、ネック・チェーン、手錠、ガーゼのシャツや足枷のついたパンツ、ビリビリのシャツやパンツ…。
パンク・ファッションとセットで見た、唾を吐きかけたり、暴れたりする、乱暴的なステージング。
それに喜ぶ、同じような格好をした若者たち。
頭が良いんだか悪いんだかわからなかった、ジョニー・ロットン
壮絶な死で終わった、シド・ヴィシャス
2人の個性的で伝説的なパンク・ロッカーの存在も、UKパンクにハマった大きなきっかけです。

 

次に、クラッシュ。
彼らには、ピストルズ以上に社会に対する強い怒りを感じ、骨太なパンクのカッコよさに魅力されました。
最初の頃の音楽性は、ちょっと乱暴で雑な感じがしたけれど、出すアルバムごとに音楽の質に厚みが増していったような。
名曲の「ロンドン・コーリング」から、ディスコチックな「ロック・ザ・カスバ」、スピード感がバッチリの「ブランド・ニュー・キャデラック」。
音楽性の進化も著しいバンドでした。

 

ピストルズとクラッシュに、もうひとつバンドを加えて「3大パンク・バンド」と表現されますが、そのバンドは人によっていろいろです。
ディヴ・ヴァニアンとキャプテン・センシブルといった二つの個性が特徴のダムドや、もとはパティ・スミス・グループのサポートバンドとして名が知られ、あの日本通で三島由紀夫氏に傾倒していたジャン・ジャック・バーネルを中心に過激なステージで話題だったストラングラーズ


日本では少し地味な印象で、パンクというよりもむしろモッズ的な要素の強かったジャム。


その他には、バズコックスや、ビリー・アイドルがいたジェネレーションX。

 

その後、UKパンクをきっかけに、テレビジョン、ブロンディ、トーキング・ヘッズパティ・スミスなど、個性的なアーティストにも興味の幅が広がりました。


イギー・ポップニューヨーク・ドールズラモーンズルー・リード、ヴェルベット・アンダーグラウンド、ニコとか、逆にUKパンクに影響を与えていたアメリカのバンドやアーティストなども。


単調だけど激しいサウンド、過激な歌詞、挑発的なステージングやファッションは、とてつもなくパワフルでエネルギッシュで、新鮮で、おもしろいバンドやアーティストがいっぱいでした。

 

パンクというカテゴリーも、80年代から90年代にかけて、ハードコア・パンク、Oiパンク、パンカビリー、ガレージ・パンク、ポジティブ・パンク、スカ系・カルト系、ポップ系、メロコア系など、いろいろなジャンルに細分化され、さまざまなバンドが台頭してきました。

 

また、パンク・ロックが引きがねとなって、その後、ロンドンを中心に、空前のディスコ・ブームと相まって、「ニュー・ウェーブ」という、今までとは違う音楽のスタイルがどんどん広がっていき、私の関心もバンクの枠を超え、こちらにシフトしていきました。
ディスコ・OZ (オズ) を中心に。

f:id:modern_romance:20161113154444g:image

* おしまい *

 

東海道五十三次と江戸の四季展 @松坂屋美術館

平木コレクション 生誕220年「歌川広重の世界・保永堂版東海道五十三次と江戸の四季」展へ行ってきました。

f:id:modern_romance:20161112183944j:image

展示の量も質も大満足!

良かったです。

 

カフェ・ボンタイン

錦三丁目にある「カフェ・ボンタイン

 

f:id:modern_romance:20161111150101j:image

 

繁華街のど真ん中にあるとは思えないほど、広くて、ゆったりでき、コーヒーも美味しく、お気に入りです。

 

f:id:modern_romance:20161111150110j:image

 

ごちそうさまでした。

 

 

緑区の鳴海駅あたりをぶらっと

近頃は、すっかり名古屋市営地下鉄・市バスのユーザーですが、昔はもっぱら名鉄(名古屋鉄道)を利用していました。
どこに行くにも名鉄鳴海駅」が起点。

すごく久しぶりに鳴海駅あたりをぶらっとしてみました。

f:id:modern_romance:20161030160504j:image

高架になって、1Fにはコンビニ。

f:id:modern_romance:20161030160740j:image

ちょっとした駅ビルになっていました。

f:id:modern_romance:20161030160805j:image
昔の鳴海駅は、今のように高架ではなく、名鉄バスのロータリーもこじんまり、でも交通量も人もワイワイと。

朝に昼に夜にと、利用者は多く、駅の周りの商店街もすこぶる活気があり、駅前独特のワクワク感がありました。

ロータリーの売店の紙コップのオレンジジュースは子供に大人気。

駅向かいには、ナコー電気、本屋さん。

踏切近くにはタカラブネもありました。

商店街を通り、国道1号線の交差点にあるロッテリアまで、楽しくフラフラできました。

いまは、ロッテリアのあったところにはコンビニ、でも、交差点には相変わらず炉端焼きのお店がありました。

f:id:modern_romance:20161030161016j:image

まだ、銭湯もありました。

f:id:modern_romance:20161030161246j:image

東海道五十三次の鳴海宿のあたりにも昔は結構な人で賑わっていましたが、

f:id:modern_romance:20161030162318j:image

いまは当時の下町独特のゴチャゴチャ感もなく、キレイにスッキリしたのですが、人もスッキリ、ひっそりと…。

当時の子どもの聖地「フクシマヤ」はありました。

f:id:modern_romance:20161030162012j:image

ちょっと歩くと歴史を感じる「鳴海城」址もしっかり昔のままにありました。

成長著しい名古屋駅までスッと行ける、抜群の立地にあるのですから、もう少しナントカならないのかなぁ、と思いながらの散歩でした。

 

金シャチ!

名古屋城シャチホコ

てばなく、名古屋国際会議場シャチホコ

f:id:modern_romance:20161023145200j:image

ド派手さ、抜群!
国際会議場、という落ち着いた場所との
アンバランスさが、名古屋っぽいですね (笑)

f:id:modern_romance:20161023145304j:image

では、また。